49日の夜明け前

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遠い昔のことを急に思い出したのでブログに書いておこうと思った。

私の父は小学6年生のときに病気で亡くなった。

私の母は高校1年生のときに病気で亡くなった。

父が亡くなってからの4年間、母は自分と弟を養うために一生懸命頑張ってくれていたのだろう。

あの頃はその苦労をわかってあげられなかった。

言い訳になるけど、あの頃は自分自身のことでいっぱいいっぱいだったんだと思う。

思い出そうとしてもあまり思い出せないんだ・・・・。

弟が中学生になり反抗期になった。

いつも母と言い争いをしていた。

自分は中立の立場を取り、今回の言い争いは母と弟のどちらが悪いかを判断し言い争いの仲裁をしていた。

今考えると自分の判断が本当に正しかったのかわからない。

ときどき母のほうが悪いと判断し母に注意したりしていた。

そのとき、母はどんな顔をしていたのだろう?

全く思い出せない。

そして自分は「自分が一番正しい」と思い込んではいなかったのだろうか?

母が倒れたのは「過労」が原因だった。

部活中に先生に呼び出され母が仕事先で倒れて救急車で運ばれたことを知らされた。

脳の一部の血管が破裂し意識不明状態だった。

病院の控室で今朝作って持たせてくれたお弁当を食べた。

「きっとこれが最後のお弁当なのだろう」と考えながら。

それから週末に弟と2人で意識の戻らない母のお見舞いに行くことになった。

家からは結構遠い病院で行くのが大変だった。

一向に目を覚まさない母。

ある週末、なんとなく母のお見舞いに行くのが面倒になった。

その週末は母のお見舞いに行くのを止めてしまった。

「来週行けばいいや」

そう思ってしまった。

その次の週に母の様態が急変した。

「もしかしたらもう少しで目を覚ますかもしれません。」

医者からそう聞いていたのに、そのまま亡くなってしまった。

「先週末に自分たちがお見舞いに行かなかったから?」

何度も何度も後悔した。

「意識が戻りそう」だった。

それは医者から見ての判断で、もしかしたら母の頭の中では目が覚めていたのかもしれない。

周りには伝わらなかっただけで。

そして自分たちがお見舞いに来なかったことを悲しんでいたのかもしれない。

父が亡くなったときも、母が亡くなったときも涙は出なかった。

「自分は親が死んでも悲しくないのか?」

そう考えたりもしたが、今になって考えると心が麻痺してしまって何も感じなくなってしまっていたのだと思う。

母の49日法要を行う日の夜明け前。

枕元に母が来た。

衣服を纏わず裸で現れた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」

何度も何度も大泣きしながら謝っていた。

私は答えた。

「大丈夫だよ、弟と2人でなんとかやっていくよ、心配しないで。」

そう話したが母はずっと泣きながら謝っていた。

あれは夢だったのか、現実だったのかハッキリしない。

時が過ぎ、自分が子供を持つ親になって思う。

きっと母は自分の子供が心配で心配で堪らなかったのだろうと。

両親がいない我が子の今後がとても心配だったのだろうと。

今は結婚し子供もいる。

息子は高校1年生になった。

母は安心してくれているのだろうか?

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